会誌-「ザラスMCPG マニュアルvol.1」
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■ §3.1 ナーラダ族 [リアクションNO.1−0]
祖神:黒竜ナンダ(御竜神ナーガの神将) 髪:漆黒/瞳:翡翠石/肌:竜卵色 属性=地:10/水:23/風:8/火:17/天:14/空:16/人:12 人口:21% 平均寿命:60歳 性格:豪気、直情径行 剣勢:疾剣 能力値へのボーナス 気力(GR)+10 魅力(AT)+5 姓の例
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「キルア」 やわらかい声が空に滲むような、穏やかな春の日である。空の青を縫うように小ぜわしく飛び回っていた抹茶色の小さな鳥は、幼い主の呼び声に応えて、青色をした肩当ての上へと降り立った。とはいえ金属の鎧の上ではつるつると滑る。滑り落ちそうになるとその度に翼をばたつかせ、元の位置に戻る、ということを繰り返している。少年は首を横にひねった。とたん翼の先が目に入りそうになり、あわてて瞼を閉じる。そして今度は横目に緑の鳥を窺った。あいかわらず翼をばたばたと上下させている。 「キルア」 少年は首を竦めるようにしてくすくすと笑った。そして鳥に向けて手をさしのべる。鳥は、美しい声でひとこえ啼くと、少年の手に飛び乗った。ようやく羽をたたみ、いわゆる「止まった」状態になる。少年は鳥の止まった手をなるべく動かさないように気をつけながら、岩の上に腰かけた。 「……」 瞳をめぐらせると、目に入るかぎりのすべてが新緑の草原だった。彼が今いるのは丘の頂上。見下ろした方向は街道ということになってはいるが、所詮はナルスの商人だけの通り道、すぐに草が再生して何処が道なのだか分からなくなってしまう。よって、人間の手のかげはどこにもない、「見渡す限りの草原」という景色が成立していた。 少年は身体を反転させ、座る向きを正反対にした。すると目下に小さく城邑が現れた。視界の左端には、きらきらと光る水面ものぞいている。 古今を通じて絶景と謳われる明光である。ダーラという名の、この草ばかりの丘が、情けある人を惹きつけるのは、まさにこの風光を得んが為であった。 城邑はウォウル、碧い城壁に囲まれた邑で、セルフィアーでも最大規模の大きさを誇る。中には十万以上の人が住む。四百年前の独立戦争の時に建造された城邑の一つでもある。住居、田畑、商店、工廠、およそ人間が生活する上で必要なすべてのものが揃っており、よほど貴重な物を手に入れたいと思わぬ限りは、人々はこの城壁を出る必要はない。 左方に見える湖はセルファニア湖である。セルフイアーに「湖の島」という異称が奉られたのは、全くこの湖のおかげであった。水は淡水であるが、その広大さゆえにしばしば内海と勘違いされる。というより、セルフィアーの住人にとって世界の中心はセルファニア湖であり、海はその付随物と見ているふしがある。 少年は城邑を見、ついで湖を見た。そして空を見、指の上の小鳥を見る。線の鳥は黒い目を落ち着きなくくるくると回しながらも、身体はおとなしく主の上に置いている。 「キルア……」 少年はほんの小さな声で呼びかけ、大きく息を吐き出した。翡翠石の色をした瞳は、鳥の方を向いてはいるが、鳥を見てはいない。視線は緑の羽根を通り抜け、碧い城邑と、そして彼自身の心の内を見つめている。それが判ったのか、鳥はぶるっと一回身震いしたきり、彫像のように動かなくなった。 時折、遠慮がちに吹く風が、鳥の羽毛を毛羽立たせ、少年の黒髪をなびかせる。少年を見下ろす白い日と黒い月が、少しずつ少しずつ、位置を変えてゆく。 「……決めた」 山ぎわに懸かっていた太陽が天頂に近づいた頃になって、ようやく少年は岩から腰を上げた。手を下ろす。鳥も飛び立ち、上空で二、三回旋回した。見上げ、太陽が高くまで昇ってしまっているのを視認した少年の耳に、かすかに近づいてくる馬蹄の響きが飛び込んできた。少年は、今までとは別人のように表情を引き締め、ウォウルへ向けて丘を駆け下りた。 全速力で走る。下り坂とはいえ、いや、下り板だからこそ、駆け足はきつい。初めのうちは勢いがついて楽で良かったのだが、だんだん膝がゆるんでくる。踵の裏に疲労感が溜まって痛くなってくる。息が荒い。馬蹄の響きはますます近づき、少年が疲労に耐えされずに立ち止まったとき、互いの顔が見えるまでになった。 「若っ」 馬上の男は叫ぶと、少年の傍らへ馬を寄せた。少年は胸を押さえ、呼吸と鼓動を鎮めようと努めながら、強いて顔を上げた。 「ジグト」 「若、危急の報でございます」 「そうだろうと思って、走ってきた」 「 言いかけて、ジグトと呼ばれた男は少年を見つめた。あの丘からずっと走ってこられたのか。額は汗に濡れ、やわらかくて細い黒髪が肌にはりついている。 「……私の馬にお乗りください。私は後から参りましょう」 ひらりと鞍を降り、手綱を少年に差し出す。少年は頷いた。 「すまない、ジグト」 ようやく息の荒さはおさまった。地を蹴ったと同時に手綱を引く。馬が走り出そうとして反動をつけたその瞬間に、少年は見事に鞍の上に身を置いていた。そして同時に、緑色をした小鳥が少年の懐にもぐりこむ。 風のように去った少年の後姿を、ジグトはしばらくの間、痛ましげな瞳をして眺めていた。そして首を横に振ると、少年の後を追って歩きだした。 「若」 「ヴィレク様、お早く」 馬を下りると、衣服を 「ヴィレク……」 弱々しいながら父の声がしたので、 「父上、入ります」 焦る心を抑えて平静な顔をつくり、中にとびこんだ。 広い室内にはたくさんの人が語めていた。父の他に、侍医、リュシーの長老会の代表が三人、それに主だった邑吏たちが十人ばかり。それに叔父や叔母、従兄弟など一族の者。ヴィレクはその中でも最年少であったが、緊急のことであるから礼は無視して寐の傍らへと歩み寄る。椅子に座して看病していた従姉が、明らかに(遅い)という非難の眼差しを向けつつも、ヴィレクに席を譲った。 「ヴィレク……」 父は痩せこけて骨が皮の上から透けて見える手をそろそろと伸ばし、息子の手に触れた。握ろうとしているのだろうが、力が入らない様子でそれは叶わない。独立以来のセルフィアーの英雄を挙げたとき、十本の指に入ると言われた父も、病に冒された今となっては、ただ子のみを思う一老人であった。ヴィレクはたまらなくなって父のその手を撞りしめた。父は、少し表情を緩めたようだった。 「ヴィレク、私は今日あたりに死ぬらしい」 「父上、そんなことを……」 ヴィレクは言いかけたが、父がもう長くないことは、侍医からも聞かされており、また、容態を見れば瞭然であった。それに、自分が励ましたところで、父はもう疾に覚悟を決め、準備も済ませてしまっているのだ。ただ一事を除いては。 「余計なことは、言わなくてもいい……ヴィレク。……私は、お前を……信じてもいないことを、他人に信じさせることができるほど……あざとい人間に育てた覚えはないぞ……」 長い台詞を言い切り、しばし苦しげに喘ぐ。その間、ヴィレクはじっと手を握ったまま、身動きができなかった。ただ、黙って父の面を見る。その視線に応えられるまでには数分を要した。 「ヴィレク、お前に訊くことがある」 父は視線と唇に最期の力を注いだ。ヴィレクは大きく頷いた。 「分かっております」 父親が今日をも知れぬ命だと知っていながら、わざわざ丘まで出かけたのも、この件のせいである。 「ジグトから聞いたか」 「御意」 ヴィレクは父の手を離し、臣としての言葉遣いをした。父は満足げに(とヴィレクには見えた)頷いた。 「私の訊きたいのは、諾か否か、それだけだ。……ヴィレク、どちらだ」 父の瞳は──こけた顔から飛び出るようについている二つの球体は、息子を愛しげに見つめていた。自分の質問に対して見せた反応から、すでに息子の心は分かっていた。それでも、その口からはっきりとした回答が聞きたかった。ヴィレクにもそれは分かった。 「諾、です」 「よく、言った……ヴィレク……」 父は力なく瞼を閉じた。声と共に、命までも消えてしまったような気がした。 「父上!」 ヴィレクは叫んだ。侍医が脈を取った。まだ死んではいない。 「……丞……ジグトは、どうした……?」 瞳を閉じたまま、父は息だけで言った。ちょうどその時、ジグトが息を切らして入ってきた。 「邑宰……」 ヴィレクの横に立つ。 「丞、……ヴィレクを、頼む。……次の邑宰を……そして……」 ジグトが大きく頷いた。見てはいない筈だが、邑宰は満足げに大きく息を吐き出し、そして再び息をすることはなかった。 「若……」 父である邑宰の優秀な副官であり腹心、邑宰丞のミナリア・ジグトが、小骨が喉に刺さってでもいるかのような顔をして入ってきたのを見て、ヴィレクは静かに立ち上がった。 「ジグト、どうしたのだ。容態が悪化したのか?」 「そうではありません。小康状鹿を保っていらっしゃいます。そうではなく、きわめて重大な話があるのです。若ご自身のことで」 「私自身の? 邑宰位に関することか」 現邑宰である父には子はヴィレク一人しかいない。幼いとはいえ、邑宰位の継承者となるべくして生まれついた彼である。父もそのつもりであろう。子が幼いときは、母やその他血縁の者が即いてもよいのだが、母は既に亡くなっているし、他の一族の者が即くのは内乱の元だ。 何を今更、という気持ちがヴィレクにはある。だが、ジグトは首を横に振った。 「邑宰位に関することは既に決定事項です。もっと重大なことです」 「もっと? どのくらい重大だ」 「セルフィアー全土を揺るがすほどの」 セルフィアー全土。 この言葉が頻繁に使われるようになったのは、四百年前の独立戦争以降では六年前の事変がきっかけだった。キーサ王国の、周辺の邑への侵攻。それ以来、少しでも時勢を見る目のある者は、この言葉を好んで使うようになった。 曰く、セルフィアー全土を席巻する大乱。 曰く、セルフィアー全土の体制の変革。 ヴィレクも、この言葉の持つ重みをよく認識している。この言葉を用いたことで、ジグトが何を言おうとしているのかが、同じ時代感覚を共有する者として、理屈抜きで理解できた。 「分かった。場所を変えよう」 ──そしてジグトの私室で話を聞いた。予想したとおりの内容だったが、だからといってさすがに平静ではいられなかった。 「……丘に、行ってくる」 ジグトは自分も行って警護すると言ったが、ヴィレクは断った。自分の身ぐらい自分で守れる。それよりも父の容態に変化があったら知らせてくれ、と。ジグトは涼解した。 邑宰の死因は心臓病であった。邑宰はきわめて健康な肉体の持ち主であったが、激動する時勢への焦燥が、ストレスを募らせていたのだろうか。享年は五五歳、若死といわれる年はもう過ぎているが、その死は多くの人に惜しまれた。 その追悼の念は、哀れみと不安となって遺されたヴィレクの上にのしかかる。ヴィレクは邑宰が年がいってからようやくもうけた子で、まだ一四歳でしかない。少女と見紛う愛らしい繊細な顔立ち。透きとおった翡翠石の色の大きな瞳。華著な肢体。やわらかで甘やかな声。将来ならいざ知らず、現在は倡優でもやっていた方が似合いではないかと思わせるような美少年だ。こんな人間に、ウォウルを任せられるのか、と邑吏や邑民が思うのも当然のことといえた。 だがその柔弱と見えた少年は、実は竜の子であったのだ。 涙一つ見せぬまま葬儀を済ませると、本来なら一年間喪に服さねばならぬところを、三日で喪服を脱ぎ捨て、 「先邑宰の遺言である」 と広く報じ、それから一過間のうちに邑宰位に即いた。 そしてその即位の日、独立暦四〇〇年水の月四一日。すべての儀式を終え、初めて邑議の席に座した彼は、開口一番こう告げた。 「城邑たるウォウルは、只今をもって終焉とする。今日これからは、この地は都城ウォウル。ウォウル王国と称することにする。そしてこの私、ナーラダ・ヴィレクがウォウル王となる。これを不満とする者は、この場で一剣もて決着をつけよ」 ほとんどの者が唖然として声も出ない。その中で、ヴィレクの叔母、先邑宰の妹である兵吏長ナーラダ・ルーシは敢然として席を立った。一族の者の中でも邑宰に次ぐ実力の持ち主とされ、若いヴィレクを不満とする者たちは、ほとんど全員が、ルーシこそが邑宰にふさわしいと思っている。本人もその自負がある。 「今の言葉、聞き捨てならぬ。そのような重大事を、群臣にも謀らず、独断で決めるとは。所詮は黄口児の夢想、そんなことをすればどのような事態になるのかを知らぬのであろう。よいか、……王など名乗り、国など建てようものなら、周囲の邑から袋叩きに遭うは必定。断じてそんなことを許すわけにはいかぬ」 そうだ、その通りだと賛同の声がいくつも上がる。ルーシは更に言った。 「そのような決断を下す邑宰など、ウォウルにとって禍にしかならぬ。……ヴィレク、おぬしは今、一剣もて決着をつけよと言ったな」 「ああ、言った」 ヴィレクは平然として頷いた。 「ここで私がおぬしを倒したなら、私が邑宰になれるということか」 「その通りだ」 ヴィレクはわずかに笑みすら浮かべている。ルーシは、邑宰位への野心よりも、剣士としての自尊心を傷つけられた怒りに我を忘れて立ち上がった。呻くように言う。 「ようも言ったな、ヴィレク。……孺子が……。烈剣の剣士には、手加減という言葉はないぞ」 ジグトが剣の柄を握り、二人の間に割り込もうという気配をみせたが、ヴィレクは目でそれを制した。 「望むところだ」 言って立ち上がり、自ら先んじて剣を抜く。ごく普通の剣だが、彼の身体に比すると、それはいかにも大きく重たげに見えた。 「いざ!」 ルーシは躊躇なく駆け寄り、剣を突き出した。 誰もが、この少年はルーシに一刀で斃されるだろうと思った。烈剣随一の剣士と呼ばれ、実戦の経験も豊富であり、その剣によって何人もの敵の剛将を倒しているルーシと、華著な美少年。勝敗は、火を見るよりも明らかであろう。…… ところが、一瞬の後に出現したのは、肉を断ち切る音や血飛沫ではなく、鋭い金属音と宙を舞う一剣であった。 「な……っ」 茫然として立ちすくんだのはルーシ。からん、と後方で乾いた音がした。 負けたのだ。不敗を誇るこの剣豪が。しかも、たった一合で。 カチャリ、と鍔の鳴る音が聞こえ、ルーシはようやく我に返った。喉元に剣が突きつけられていた。見上げているのは翡翠石の瞳。吸い込まれそうに大きな……。 「ははははは」 ルーシは虚ろな笑い声をたてた。笑うしかなかった。自分自身の滑稽さに。剣豪と呼ばれ、最強の剣士と呼ばれていた。不敗の名将だと言われていた。ウォウルを支える者は自分しかいないと思っていた。それなのに、こんな子供一人にも勝てなかった。 笑う他に、何ができるだろう。 「殺せ」 叫んだ。こんな恥を背負って、生きていくことができようか。死ぬしかない。 が、ヴィレクは何もなかったかのように剣を収めた。そしてルーシの肩ごしに、群臣たちに呼びかけた。 「他に挑戦する者はいるか」 粛然として静まり返っている。それを確認して、ヴィレクは無邪気そうな笑みをつくった。 「これで分かっていただけたと思う。依存はないと見なすが良ろしいか」 あえて反対する者はなかった。 「お見事でした」 私室に引き上げてから、ジグトは言った。ヴィレクは穏やかな笑顔を向けた。 「叔母は逆上していたからね、何とかなると思ったんだ。あれが平静なときだったら、勝てたか分からないよ」 「しかし、何故、先邑宰のご遺志であると言わなかったのですか?」 「嘘っぽくなるから」 ヴィレクは即答した。 「父上は堅実な現実家で通っていたからね。私が、父は実はこう考えていたなんて言ったって、簡単には信用されないだろう? だったら、威圧しといた方がいいと思ったまでだよ」 「成程」 「だから、これでいいんだよ。父上は堅実な英雄。私は覇を目指す。父上がずっと堪えてこられた夢を、私が叶えるんだ。でも、それを知っているのは私だけで充分。きっと、父上もそう思ってくださるから……」 ジグトは少年を見返した。母親譲りの容姿と頭脳、そして父親譲りの性格と剣の腕。この少年が、これからのセルフィアーを創っていくであろうことを、ジグトは予感していた。そして、その少年を支えていくのが、他ならぬ自分であろうことも。 止まり木の上で、緑色の小鳥が高く啼いた。 |
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