会誌-「サークル水月会誌 第3回」
|
|
■ リアクション3−5 (独立暦400年空の月) 「上流作戦」は着々と進行しつつあった。 イリス募兵尉イェング・ガヌースの率いる募兵達の勢いはすさまじい。人の歩くのとほとんど同じ速度で北上しているというのは、つまりは邑ひとつを通るのに時間をほとんど食っていないということだ。無駄に戦っていない、戦っておとせなければ無視する、そしてすばやく次の邑の調略、攻撃にかかる。風の月が明ける頃には、リューナとイリスの間にはたった六つの邑が横たわるのみとなった。 「凄いな」 400年来の秩序を、たった半年で崩すことができるものなのか、とウルゴスは慨嘆したが、軍師グード・ライザーは補足を入れるのを忘れなかった。 「募兵尉の力量はたしかに素晴らしいものだが、その根底には外吏の布告があり、さらにはリューナ司祭の人望のなさと手抜かりが重要な要因としてある。決して募兵尉一人の力ではなく、これも時流に乗ったためであることをお忘れなきよう」 ときとして、時流は人の及ばぬ所で動く。今はイリス王などを名乗っているウルゴスだが、ほんの半年前までは、当代最年少のマハーカーラ司祭としての使命に燃えていたのだ。それが、今やメール族最大の叛逆者となっている。秩序に対する叛逆。しかしこのまま時流がウルゴスに味方するなら、彼の名は後世には最大の英雄として語り伝えられることになるだろう。正と邪とは、常に紙一重なのだ。 「イリス王」 グード・ライザーはにわかに襟を正した。何だ?とウルゴスも背筋を伸ばす。 「ある程度の私の心の内をお教えしておいた方が良いであろう。全てを知るにはまだ王として、無理。しかし、知っておいた方が良いことがある。我らイリス、いやメールは一つの邑となる。いや、してみせる。 当初の目標は、リューナを占領後、各邑にイリス王の名で自治権を認め、“メール連合邑”の名の元に参集させる。中小の邑の長ならば、リューナの次は自分たちだ、と思って自分から参集してくる。さすれば、雪だるまの様にイリスの勢力は増えていき、メール族の名だたる邑も、無視できずに参集する。どうであろう、この方針は? イリス王の性格を判断し、民や兵と等しい立場でいようとするのには、皇帝よりは、連合邑の長のほうが良いと思ったのだ。 しかし、“メール連合邑”と言っても権力はイリスが握る!! 平和を手に入れるには、一つの邑家が必要なのだ、分かるな? イリス王……。」 「うん、分かる。それなら俺の考えとも近い」 ウルゴスは頷いた。 「この俺はイリス王を称したときから、すでに後にはひけなくなっているのだ。だが独裁者になるつもりは全くない。たぶんお前の言う方法が一番よいのだろう」 御意、と言ったライザーの瞳がぎらりと輝いた。 王の室を出、自室に戻る途中で偶然ルドルフとすれ違った。何の気なく、まるで世間話でもするかのように言葉をかける。 「ルドルフ神兵尉、貴公に頼みたい事がある」 「何だ」 「リューナを攻めるには、新しい考えが必要だ。いや、それだけでない、メール族を一つにするには強固な力が必要である。そこで、前回の戦いの中で思ったのだが、軍の中に“馬上兵”を作ろうと思う」 「……」 「メール族の邑の多くは、台地の上にあって、兵の行動力がものを言う。馬に乗った兵ならば、戦術的にも戦略的にも選択の幅が増える。我々、メール族は畜産の才が他族よりもあり、馬の保有が多い。どうであろう、正規軍の中から千人ほど、馬上兵として訓練してくれないか。“馬上兵団千騎”の結成のあかつきには、貴公をその長として、イリス王に認めさせよう」 ルドルフは何か言いたげであったが、一つだけ頷くと、何も言わずに自室へと退いていった。 「イリス王より軍師を任命されているグード・ライザーの名において、全軍に伝える。本日をもって、全軍リューナに向う!! 先行している募兵軍とはリューナの手前に位置する小邑「イレム」にて合流し、占領作戦に移る。なお、ルドルフ神兵尉率いる千人の兵は、特命により後日準備出来しだい、正規軍本隊と合流することになっている。多くの中小邑は、募兵軍の前にひれ伏しており、リューナに向うまでに残っている反イリス邑は、中邑「ローグル」、小邑「クエス」、中邑「ファン」、中邑「サウス」、小邑「スタン」、小邑「イレム」の六つである。又、今の所、我々に協力している様でも、成りゆきによっては、敵となる可能性がある。しかしっ!! 我々の軍は負けない!! 我らがイリス王が率いる軍に勝る軍は無い。」 イリス残留全体に向けて、グード・ライザーはこう演説した。不敗の名軍師にこう言われて、奮い立たぬ兵がいるわけがない。 「イリス王! イリス王!」 王という称号が、もはや兵の間にすっかりなじんでしまっていることに、ライザーは満足の笑みをうかべた。 そのころ、イリス衛士リーは、その地位を隠してイレムに潜伏していた。そこには、かつて、傭兵時代に戦友であった者たちが幾人も住んでいる。 こんな少人数でどうこうできるものなのかは分からない。しかし、やらねばならないのだ。自分に決着をつけるために。 仲間達と酒を酌み交わしつつ、ここに至った経緯を述べ、自分の心境を述べると、仲間たちは心から同情し、あるいは心を動かされて涙を流す者もいた。 「そりゃあ、気の毒だったなあ。お前さんは昔から運に恵まれてなかったが、今でもそうなのか」 口々に言うのは同じ言葉だ。本当に、これだけ実力がありながら報われない男も珍しい。 「それで、リューナ司祭を殺る算段はついてるわけ?」 訊ねると、リーは首を横に振った。 「隙を見つけて殺る、としか。しかし、イリスの攻勢が間近となっている今、リューナ司祭もあちこち忙しく動いて回っているだろう。必ず隙はできるはずだ。……協力してくれるか?」 「ああ、ここまできれいに打ち明けられてすっぽかすのも寝覚めが悪いしな」 笑う。リーは頷き、しかし声を暗くした。 「俺には運がない。俺の悪運に巻き込まれて死ぬかもしれない。お前さんたちをそんな危険に遭わせていいものか、俺は今でも迷ってるよ」 「心配しなさんな、リーさんよ」 豪放に笑って、言った。 「他人の運にまきこまれて死ぬのを恐れるくらいなら、傭兵なんかやってないぜ。他人の運は他人の運だ。あんたが気にすることはない」 「ありがとう」 リーは心から頷き、仲間達を見回した。 「では、リーの成功を祈って、乾杯!」 視覚術法──いわゆる幻術に、絵に描かれたものを取り出すというものがあるが、ライザーの用兵はまさにその幻術のようだった。先に述べたとおりに兵が動き、勝敗が動く。ウルゴスは今までと同じく常に戦闘に参加していたが、無茶はしない。ただ自分の身に気を配り、戦場の様子を大観しているだけであったが、それでも兵は彼の姿に元気づき、実力以上の力を出すことが出来るのだ。 実際に戦っているのはルドルフやガヌースだが、彼らの動きをコントロールしているのはウルゴスの傍らにいるライザーである。移動中、彼はしょっちゅう伝令を飛ばして、細やかに大軍を掌握していた。 「そこの兵吏、弓兵100人を率いて、軍本隊とは別行動をとれ< 腕の良い弓兵で、反イリス邑の長を戦闘中に射殺すのだ。大軍に攻撃されればスキが出来る。敵本隊がよく見える丘などから射るのだ。失敗しても構わん!!」 「おいおい、それは卑怯というものではないか」 ウルゴスがつい口を出したが、ライザーは首を横に振った。 「これを戦法というのだ。戦闘中の行為は、たとえ卑怯なことでも、策略と言い換えられる。それによって敵味方の犠牲者が減るのなら、結構なことではないか」 「まあ、その通りだが……」 「そこまで言わずとも、軍と戦うときに頭を狙うのは、兵法の常道。王も心しておかれよ」 「分かっている」 答えるウルゴスの目前で、敵軍が崩れ立っていくのがはっきりと分かった。長を射られれば軍は崩れる。我が軍とて例外ではあるまい。 「流れ矢に当たらぬよう、せいぜい気をつけるさ」 間者はふつう兵吏と外吏に所属しているが、イリスにおいては軍師の配下に置かれている。グード・ライザーの戦とは基本的に情報戦であり、それには間は欠かせぬ存在である。 「“間”の諸君、仕事だ。各邑の世情に『イリスがリューナを占領してしまう様だ。でも、イリス王は人徳ある人物で、リューナの民衆は大歓迎しているそうだ。』と流してくれ。この効果は必ず後々に現れる。」 しかし、すべての間が軍師配下に集められたわけではない。兵吏と外吏の上級官吏には、それぞれ個人ごとに数人の間が付く。どうしても一人では情報をさばききれぬし、彼ら独自に調べたいことも出てくるであろうからだ。軍師その人にも、当然そのような間がいる。 「おい、軍師おかかえの“間”達よ< 内密に、リッターの司祭の性格、地形、軍備について情報を入手してまいれ。決して、内々の者に知られるでないぞ。内に知られる様では、外の者にも知られる事となる。注意せよ!!」 さて、その頃、神兵尉カルブネース・ルドルフは自分の間からの情報を聞いていた。 「衛士リーのことですが、明日の夜、決行するようです」 「人数は?」 「数人といったところです」 「そうか……」 ルドルフは、何としてもリーに成功させてやりたいと思っている。自分が軍を率いて攻め込めばリューナは陥ちるだろう。それくらいに今のイリス軍には勢いがある。だが、それでは駄目なのだ。リーの手でとどめを刺させてこそ、この勝利には意味があるのではないか。ただの一兵吏のことと切り捨てるようなライザーの言い分が、どうしてもルドルフには納得できなかった。 ──リーを援護してやりたい。 自分の明日の行動予定を、脳裏に思い起こす。リューナを遠巻きに包囲し、道を封鎖する。そしてリューナ司祭に宛てて降伏を促す、筈だ。 どうせリューナ司祭は突っぱねるだろう。 ならば、よい。 リーは、リューナの城壁の内側に降り立った。 ここまで、敵兵に会うことはなかった。城壁を乗り越える時も、とがめる兵の姿はなかった。あまりに順調なので、かえっていぶかしく思える。 だがそんなことを気にとめている隙はなかった。仲間達は陽動のために、別の所から侵入しているはずだ。自分だけがのんびりしてはいられない。 邑の中央をめざして走る。警戒が厳しいであろう大通りは避け、間道を間道をと進んでいく。夜の闇の中、篝火の焚かれた門が連なる光景は、イリスのものとよく似ていた。メール族の大邑は、だいたい似たような街路の構成になっているのだ。 多くの兵が詰めているであろうと思われたマハーカーラ神殿は、しかし、ほとんど 一体、どうしたというのだ? 思ったとき、他から侵入してきた仲間が3人ほど合流した。いぶかしげに目を見交わしあい、哨戒の兵の死角でぼそぼそと話し合う。 「リューナ兵は、夜襲に出たのではないか」 そう言う者がい、たぶんそうであろうと全員が納得した。もしそうであれば、背後を突くことができるかもしれない。とにかく南門方面へ向かおう、とリーが言うと、全員が頷いて忍び足でそちらへ駆けた。 リューナ司祭は、まさにその南門にいた。といっても、夜襲をかけたわけではない。むしろ逆で、城門に夜襲をかけた者がいるというので、その防戦のためにいちおう神殿の全兵をこちらに振り向けてみたのである。 「あの将は……!」 リューナ司祭は城門の上から敵将を見おろして、呻いた。以前、ラクーラにおいて完璧なまでにリューナ軍を叩きつぶした男。イリス神兵尉、カルブネース・ルドルフ。 「行け!」 リューナ司祭は完全に頭に血をのぼらせた。門を開け、その少人数に向かって全軍をけしかける。自分は頭上から指揮を執るつもりで、腕を組んで一人門柱上で胸をそらせた。 その時、胸ににわかに激痛が走った。 瞬間、何が起こったのかわからなかった。そのまま前にのめって柱から墜ちながら、自分の胸板に剣先が突き出ているのを見た。だがその次の瞬間には地にたたきつけられ、その衝撃で意識が消し飛んだ。 暗い中で起こった出来事であったため、この決定的瞬間を見ていた者はそう多くはなく、その下手人が誰であるのか糾明しようと動き出す前に、下手人はいずこへかと消えていた。 「まったく、勝手なことを」 グード・ライザーはいまいましげに呟いた。 「私はイリス王から軍の全権を委任されている。私の命令に背くことは、イリス王に背くことでもあるぞ。それが分かっているのか? 神兵尉」 結果的には、リューナ司祭は死に、リューナは降伏し、目的は達せられた。だがあのとき、例えばリーがおおっぴらにルドルフの軍に助けられたりしていようものなら、それでも補いきれぬほどの大きな禍根となるところであった。ウルゴス王の人徳を一つの名分の標榜として利用しているイリスにとって、暗殺などというマイナスイメージを負うことは、大きなリスクを伴う。むろん、公表していないだけで、暗殺したという事実自体は変わらないわけだし、イリスがやらせたということは公然の事実とはなろう、しかしそういう問題ではないのだ。そう、ライザーは言った。 ルドルフは憤然と言った。無口という印象の強かった男だが、どうもそれは本性ではないらしい。 「こと、 「私が信念を持たぬ、と?」 ライザーは眉を動かした。 「それは心外なことを言う。私は常に自分自身の信念に従って行動してきた。それがために冷徹と思われるのはいっこうに構わぬが、信念がないとはどういうことだ」 「軍師、貴公はかつて王に向かって募兵を使うだけ使えと進言したな。そしてリーには、死地であることを知りながらけしかけた。その、人を人とも思っていないようなやりよう、けしからんと思うのだ」 「それは感傷だ」 ライザーは切り捨てた。 「感傷では平和は手に入らない。私はイリス王に軍師の位を拝命し、王のために力を尽くすことを約した。その約に従って、イリス王にとって最善と思う道を取っているのみ。私の信念とはそういうことだ。……納得がいったなら、自陣に戻れ。本来なら軍規違反により降級もやむを得ぬところであるが、我が軍にはまだ神兵尉の力が必要だ」 「こうして、半年にわたるリューナとイリスの間の戦争は終結した、と」 ヴェル・シャッドは、イリスに伝わる情報をすべて集め、書き記した後、その書簡の末尾をこの言で締めた。自分でもよくまとまっていると思う。これをエイラ姫に献上すれば、ふつうに情報を納めたよりも多額の報酬が受けられるであろう。 そしてその中から娘の教育費と家の維持費を出して、で、また旅にでも行くか。 ああ、帰りたくない。 後世の者は、この戦を称して「イリス建国戦争」という。 メール族=「イリス王国」建国に向けての、これが第一歩であった。 |
| ■ 前のページに戻る |