会誌-「サークル水月会誌 第4回」
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■ リアクション4−2 (独立暦400年空の月〜地の月) 炎燃えつくすの日、すなわちアグニの日が刻々と迫る。それにつれて、タイテの邑内も目に見えて活気づいていた。 ディールはずっとアシュラ神殿内にいるから、クティスが何をしているのかは知らない。本人に直に訊ねてみても、軍事機密だから教えられない、の一点張りだった。退屈しのぎにクティスや神官達に剣を教えてもらい、それでも退屈と好奇心に耐えきれなくなった頃、ようやく軍が動き始めた。 タイテは邑としては中くらいの大きさである。邑兵と募兵、というように兵を分けるだけの余裕はなく、大邑なら募兵をつとめるはずのアシュラ神官たちが邑兵の中核となっていた。その長が、ノクール・クティスなのである。 「これより、我がタイテ軍はレディアに味方する」 兵たちを神殿に集め、彼が開口一番にこう言うと、神殿内はざわめきと 「レディアに味方するとは、『レディア王国』を認めるってことですか?」 怒号のような質問が飛び、クティスはさも当然のように頷いた。 「レディアは王国を称し、傘下の邑の長を『侯』に任じて他邑の力を吸収しようとの考えだ。我々としてもただ吸収されるつもりはない。ここで我々の力を見せつけ、傘下というより協力者としての立場を得ておくことによって、これからますます広がる燎原の火の中にてひときわ鮮やかに燃えさかる一灯となるのだ。そのための参戦なのだから、各々、心して戦うように。──敵はホーズ。邑の巨大さの上にあぐらをかき、革新を拒み権を弄する輩だ。すでに多くの邑はホーズを見限り、レディアと共に戦うことを決定している。 よく聞くと、まるで論理的でない発言なのだが、クティスの演説慣れした声と態度でこう言われると、まるで戦う前から勝っているような気になるのが不思議だった。それは兵達も同じらしく、皆、にわかに表情が明るくなる。 何だか酔ったようないい気分になりかけたところで、横のクティスにそっと肩をつつかれた。そちらを振り向くと、クティスは前を向いたまま、小声で話しかけてきた。にこやかな表情をつくってはいるが、目は笑っていない。 「いいか、ディール、よく聞けよ、一度しか言わないからな。この中に、ホーズの間者がいる可能性はかなり高い。怪しい奴を見かけたら、俺にすぐ知らせてくれ。そうだな……場合によっては斬り倒しちまっても構わん」 「殺しても……ですか」 「証拠があるならな」 懐に手をやり、掴み出したものをそっとディールに握らせる。 「これをやる。懐に入れておけ。これから俺は、立場上何度もこの軍から離れなきゃならん。部下たちも信がおけないという訳ではないが、お前にも頼んでおく。……しっかりやってくれよ」 ディールは無言で頷いた。 タイテ、クネセト、ヤジィ、バス、パーレビ、ジャエタ。この6邑がレディアとの同盟邑、そしてドワン、ヌアド、オサマがホーズとの同盟邑である。まるで地図上に線でも引いたかのような勢力図になった。 ティドゥアは地図と同盟邑からの返信を見比べながら考え込んでいる。と、傍らに一通の計画書が置かれているのに気付いた。そういえば先日招聘した兵吏長からの書簡があったがこれか。 「ウォルカーズのやつまたややこしい計画書を……おい誰か兵吏長を呼んできてくれ!。」 「はっ!」 と言って出ていった部下は、1片の書きつけを持って戻ってきた。 「ティドゥア様、兵吏長の部屋の戸にこのようなものが。」 精神修行の旅に出ます 五日もすればもどります ツィーゼ・ウォルカーズ 「…………。」 「ティドゥア様?」 「ただちに全衛兵を動員してレディア城下の遊郭をくまなくさがせ!」 半刻後、歓楽街の一角にて捕獲されたウォルカーズは、しゃあしゃあと言った。 「いえいえ、私の愛のすべてはスィラーナ様のものです。これは一時の気の迷いと申すもので……」 「気色の悪いことを言うな」 ティドゥアは顔をしかめた。 「戦も近いというのに、遊び歩くのはよせ。貴公の頭脳の明晰さは買うが、その品行の悪さはどうにかしてもらいたいな。それとも、それもナーイアドの力とやらの影響なのか?」 「ええ、それはもう……っ」 ウォルカーズはいきなり宙を睨んで口をつぐんだ。 「どうした? 兵吏長」 ティドゥアが訊ねてもしばらくはそのまま動かずにいる。医者でも呼ぼうかと思い始めた頃、ようやくウォルカーズはティドゥアを見た。 「すみませんな、どうも口の悪いナーイアドでして、いつも ウォルカーズは咳払いをした。 「作戦計画の説明をさせていただくことにしましょうか」 ウォルカーズの予測では、戦力比はホーズ軍8000対レディア軍6000、そのうち集まるのはホーズ5000対レディア4000くらいであろうと思っていたのだが、同盟邑の数も大きさもこちらの方が勝っていることから、どうやら互角程度には持ち込めそうである。 「ただし、この数が信用できるのなら……ですがね」 「アシュラ神殿を通じての盟だ。信はおける」 ティドゥアの言の通り、アグニの日にホーズ近郊の森道の中に集まったのは6邑すべての兵といってよかった。 「まさに恐るべきは時流だな……」 ティドゥアは感嘆した。スィラーナや彼などの若造が王になると一声言っただけでこれだけの兵が集まる。無論彼らの力ではありえない。時流の──改革を望む風潮の広まった結果だ。その行き着く先は分からなくとも、今までと違った世界を見てみたい。そういう思いが共通の認識としてある。だから、こんなにも人が集まった。 もちろんその改革を自分の手でおこないたいと望む者もいるだろう。そういう者がこの軍中にいて、我々の命を狙っているかもしれない。 だから、スィラーナはここにはいない。ニャンガー・リァオをつけてレディア邑内に閉じこめてある。戦陣に連れてきたりなどすればまた無茶をするに決まっている。 6邑の指揮官たちを眺める。いずれも優れた戦士だ。実戦の指揮はせいぜい賊討伐くらいしかしたことはない筈だが、それはホーズ側も同じだから、計算の内には入れなくとも良いだろう。 「ノクール・クティス。タイテ邑兵長、およびタイテのアシュラ神殿の司祭をしております」 真っ先にティドゥアに拝跪したのは、20代半ばの好青年であった。ティドゥアもその名は知っている。タイテの 「御高名はかねがねうかがっている。貴公の如き御仁にご協力いただけるとは心強い。よろしく頼む」 「御意」 完全に配下の礼をとっている。クティスは6邑の指揮官の中で最も高名で、またタイテも6邑の中で最も大きい。後に続く者たちも大きな態度をとるわけにはいかなくなった。あわてて皆拝跪する。 クネセト兵吏長はクティスと同年の25歳の男性である。剣士として名を売っていたが、クネセトに腰を落ちつけていくばくもせぬうちに今の地位を手に入れた。あまり行跡のよくない男で、敵は多いが、彼の連れた兵はタイテに次いで多い。 ヤジィの邑兵長は22歳の女性であるが、弓と剣、両方の使い手である。頭の軽さが表情に丸出しなのが玉に瑕といったところか。しかし今回の自分の使命は心得ているようである。 バスの指揮官はアシュラの司祭衣をまとった17歳の少女であった。年は最年少であるが、人の心を見透かすかのような強い眼差しは、彼女が平穏でない人生を送ってきたであろうことを強く印象づける。ヤジィ邑兵長と好対照を成していた。 パーレビの邑兵長は31歳の男性だが、これといって取り柄のないのが取り柄だという評がある。これまでの昇進も運がすべてであったという陰口も叩かれているが、本人は運も実力の内だと言って超然としている。 ジャエタは邑宰自らの出陣である。とはいってもジャエタの人口は200人、他邑にくらべると本当に雀の涙ほどの兵力しか出せぬので、こうするよりほかに他邑と張り合うすべがなかったのである。 「さて、さっそく作戦を説明いたそう。──兵吏長」 ティドゥアは挨拶をさらっと済ませてしまうと、ウォルカーズを呼んで作戦を説明させた。 ウォルカーズの立てた作戦は、要するに落とし穴を使った誘導作戦である。レディア−ホーズ間の主道に落とし穴を掘り、こちらの軍はホーズ軍を引きつけつつ後退する。その間に別働隊がホーズの邑そのものを占領し、邑宰に降伏を促す。 「成程、理にかなった作戦ですね」 バス司祭がクティスをかえりみて言った。クティスも頷く。 「奇策ではないが堅実で有効な策だと思います。さて、ここで問題となるのは兵数の割り振りとどの邑軍をそこへ充てるか、ということになりますが……」 リーフ・ディールは中軍の天幕の外にいる。クティスの護衛という形でここまでついてきたのだが、ホーズ側の間者である可能性を疑われ、各邑軍の指揮官以外は皆入口で足止めを食った。同様に2、30人が クティス司祭から (司祭……) クティス司祭から言われたことを反芻する。よく考えてみれば、私ほど身元のはっきりしない者もいないはずで、私がホーズの間者だと疑われてもおかしくなかったのだ。それなのに、クティス司祭は自分を信頼してくれたのみならず、大事な護符まで貸してくれた。 戦に参加したいと思ったのは、己の立身出世が目的だ。しかし今は、司祭の信頼に応えなければ、と半ば以上思っている。 (この中に、ホーズの間者がいるかもしれない……) 今、天幕の中では軍議がおこなわれている。間者が天幕を盗み聞きするとしたら、まさに今この時に違いない。 そして、中の声が一番よく聞こえるのは…… (ここだ……ここの、より入口に近いところ……) 不審な挙動をしている者はいないか? たとえば、天幕に耳をつけているとか。まさか、そこまであからさまに不審な人物は…… (────いた!) 木の陰だから、誰も気づいていないようだけど……いや、ひょっとしたら間者でなくて衛兵かもしれない。一応近付いて、訊ねてみてからにしよう。ホーズの間者なら、きっと近付いただけで慌てて逃げ出すだろう。 口の中で口訣を唱えながら、一歩、一歩とその人物に近付いていく。あと20 (気づかれた?) さっと天幕から離れた、その動きはさすが間者というべきか。ディールは迷わず手から火の玉を放った。しかし木の陰に逃げ込まれ、外してしまう。二弾目、はずれ。三弾目…… 「何してるんだ、それじゃ逃げられちまうぞ」 男の声がした。誰ですか、と問う間もない。木々の間を縫って走り、あっと言う間に追い付くと、剣の柄で後頭部を殴りつける。ディールが追いついた頃には、間者はすでにその男の背に担ぎ上げられている。 「あなた……誰ですか」 手柄を横取りされた形となったディールは、少々ムッとしつつも訊ねた。男は笑った。 「まあ、そう怒りなさんな。オレだって、君が火球を撃たなければ、こいつに気づきはしなかった。手柄は君のもんだ」 「そんなことは訊いてません」 言いかけたとき、木々の枝葉の間から差し込んだ光が男の顔を照らして、ディールは一瞬、言葉を失った。 薄暗くて今まで気づかなかったが……肌はツァンの淡褐色。それにはあまりにも不似合いな……いや、あまりにも幻想的なきらめきをたたえた美しい銀の髪。そしてさらに非現実間を増長させるのが、左右で異なる瞳の色だ。琥珀色と青色。 (いるはずない……こんな人……セルフィアーの人じゃないみたい) 「どうした、オレの顔になんかついてるか?」 「いえ……」 「な訳ないよな。……言ってもいいぜ、ツァンにあるまじき髪の色だ、ってな」 男は少々自虐的な笑みを浮かべた。ディールは首を横に振った。 「そんなつもりじゃ」 「いいぜ、慣れてるから。ガキん時から言われっぱなしだ」 男はきびすを返し、来た方へと歩き出した。ディールは慌てて後を追った。 「そうじゃなくて!」 「何だ」 「……とっても綺麗な髪の色ですね」 男は足を止め、まじまじとディールの顔を見た。 「本気で言ってるのか?」 「もちろんです」 「そうか」 男はくすっと笑った。 「そう言ってくれたのは、親以外にはティエラ様と君、二人だけだな」 「ティエラ?」 「バスのアシュラ司祭、ヒローカ・ティエラ様だ。オレはその護衛、みたいなもんかな。アシュラ神官、カーク・アシュヴィン。君は?」 「私もアシュラ神官です。リーフ・ディール、タイテ司祭の護衛」 「タイテのクティス司祭か。何だ、似たようなもんだな」 「そうですね」 ディールも笑った。 「じゃあ、行くか。手柄は二人で等分ってことでな」 「あれ、私に譲ってくれるんじゃなかったんですか?」 「惜しくなった」 「……」 「冗談だ」 「我々の隊は、主道を進む。レディア軍と共にな。で、他の邑軍がホーズを占領、とそういう手筈になった。……んだがなあ」 クティスは渋い顔をした。 「何か不安でもあるんですか?」 「大ありだ」 そっと天幕の方を振り返る。5邑の指揮官たちが次々と出てくるところだ。 「奴ら、だよ。同盟してる奴らを信用していいものかどうか……裏切るって意味じゃないぞ、いくら何でもそこまでは疑ってない。だが、軍規とか、指導力とか、そういう点で不安がありすぎる」 ホーズ郊外約2キロ、森の入口あたりにレディア軍が陣を布いた、との報を受けて、ホーズ軍はただちに軍を急行させた。かねてよりこの事あるを予想してホーズ邑内に同盟邑の兵をもひそかに引き入れていたのである。 「敵の兵力は?」 「おそらく4000ほどかと」 「レディアの全軍とタイテあたりの兵を足した数だな。いや、ひょっとしたらレディア軍は一部衛兵として残り、同盟軍を全面に出しているのかもしれん。──おい、放っていた間者はどうした」 「戻っておりません」 「 レディアもそうだが、ホーズ軍も戦慣れしていない。戦場においていかに情報が重要であるかということなど、まるで理解していなかった。アシュラ神殿で兵法を学んだ者なら、知識としては知っている筈だが、実感としてはわからない。この時ホーズが全力で情報を収集しようとつとめていれば、或いはレディア側の裏をかくこともできたかもしれない。だがここでの判断ミスが、大きな命取りとなったのだ。 「我が軍は兵力6000。そのうち野戦に出せるのは5000というところか。互角より少し多い。特に策を弄さずとも勝てる数だな」 「そうですね。すぐに出陣しましょう。……日限を切りましょうか」 「期日までにレディアを破ったら報奨金を出す、か。面白い。何日にするか?」 「五日、ということでどうでしょう」 「わかった。きっちり五日間でレディアを攻め落としてこい。そのかわり日数をオーバーしたら減給だぞ。分かっているな」 「御意」 自軍が負けるかもしれないという思考は、完全に想像の外にあった。 「ホーズ軍が来たようだな」 クティスの声に、ディールは伸び上がって森の入口の方を見た。5000ばかりの兵が整然と隊伍を組んでこちらへと進んでくる。 「先頭にいるのがホーズの兵吏長、ニンラー・イーナだ。年齢は32、女性。弓の使い手として知られるが、数年前に今のレディア国王と勝負して負けている。試合方法は猟場での時間制限制自由射撃、対戦成績はツァン・スィラーナが虎1頭に鹿1頭、兎が3羽。対するイーナは鹿が2頭に兎2羽、鳥3羽。スィラーナの判定勝ちだったという話だ」 「クティス司祭、何でそんなに詳しいんですか?」 ディールは目を丸くして訊いた。クティスは笑った。 「何、対戦相手のことくらいは知っておかないとね。相手の将の性格が分かれば、相手がどんな行動をとるか、予想することができるだろう?」 「それはそうでしょうけど……」 「じゃ、後退するか」 クティスはもたれていた木から背を起こし、大きく伸びをした。ディールは首を傾げた。 「まだ一戦もしてないのに、後退するんですか?」 「ああ」 クティスは頷いた。 「我々の第一の任は、あの突進してくる兵を引きつけることなんだ。殲滅するのはその次の段階だな。実は、あの入口あたりには大きな落とし穴があるのさ。だから、わざわざこんな奥まったところに陣を張ってたってわけだ」 「じゃ、まだ戦えないんですね?」 「ま、そう残念そうな顔をするな。お楽しみは後にとっておけ」 「第一の策は、うまくいったようだな」 3刻ほど後、篝火の下で、ティドゥアとウォルカーズ、それにクティスが顔を合わせていた。 間者の報告によれば、落とし穴により死者は出なかったようだが、負傷者は500人にも及び、何よりニンラー・イーナは愛馬の脚を折られて完全に頭に血がのぼっているということであった。 「別働隊の連中が功を焦って先走ってなければいいんですがね」 クティスが懸念を表明したので、ティドゥアは別働隊へ改めて待機の命令を出した。 「さて、次なる罠はもう完成した頃でしょうか」 クティスがまた言うと、ウォルカーズは頷いた。 「先程報告が来ました。かなり木材を浪費することになるが、仕方ないでしょう」 「では、夜襲を恐れる必要はありませんね」 クティスの言に、ティドゥアは瞠目した。考えてもいなかったのだが、成程、そういう考え方をしなければならないのか。 「敵の兵吏長イーナは短気な性格ですから、愛馬の足を折られた恨みは一刻も早く晴らしたがっている筈です。ゆえに夜襲を警戒せねばならぬと思ったのですが、その罠があるのなら、問題はないでしょうな。進んで罠にかかるでしょうから」 「しかし、もう少し後退する必要はあるかも知れない」 ウォルカーズは地図を指さした。 「篝火だけを残し、あと1キロほど退きましょう。それだけ距離を置いておけば、彼方も更なる罠を警戒して攻めては来ぬはず。今晩はゆっくり休めるはずです」 「我らの出陣の命はまだ下らぬのか?」 クネセトの兵吏長は、うんざりしたような声を出した。 「伝令が来たと思うたら、待機、待機とばかり言う。我々は戦いに来たのだ。それなのに、森の中で 「剣刃を撃ち交わすことだけが戦いではないでしょう」 バス司祭、ヒローカ・ティエラは冷然と言った。クネセト兵吏長はその彼女にくってかかる。 「小娘が、知ったようなことを!」 「私だけでなく貴方も、戦は初めてでしょう? 同じ初めての者同士なら、闘神アシュラに仕える私の方が、戦について、より正確に知っていてもおかしくはない筈」 「侮辱するか、小娘! 戦が初めてなのは貴様だけだ! おれは……」 「あ、思い出した!」 それまで黙っていたヤジィの邑兵長が突然手を打った。 「どっかで聞いたことあると思ったのね、あんたの名前。クトラ・スカーゼって、たしかキーサに攻め込もうとした賊の頭だったわねー。で、見事に失敗して、クネセトに逃げ込んだわけね。ほんと、馬っ鹿よねーっ」 「う、うるさい!」 「あっれー、 「まあまあ皆さん、落ちついて下さい」 最年長であるジャエタ邑宰が割って入った。 「こんなところで仲間割れしていてどうするのです。我々の任はホーズ攻略ですよ。その、一番の大任を、レディア本軍でもタイテでもなく、我々に任せている、これがどういうことであるか、知らないあなた方ではないでしょう。とりあえずこの場は皆さんお引きください」 道理である。不満そうな顔をしつつも、皆自陣に引き下がった。 「まったく、困った連中だよ」 ティエラは神官や部下達に向かってぼやいた。 「本軍のティドゥアとかクティスとかいった連中がまともそうだったから、私はレディアに味方したんだけどね。こっちの指揮官といったら、賊上がりのクネセト兵吏長、バブな女、やる気のないパーレビ邑兵長、できることといったら仲裁だけのジャエタ邑宰。こんな連中と一緒に戦わなきゃならないなんて、私は気が重いよ」 「でも、それだけ活躍の余地があるってことですよね」 カーク・アシュヴィンは明るい声を出した。銀の髪と琥珀色の左目が、篝火に照らされてきらきらと輝いている。 「そうだけど」 ティエラは大きく溜息をついた。 「それも、奴らが先走らない限り、って条件付きなんだよね……」 その懸念が現実にならなかったのは幸いであった。 「貴公の読みが図に当たったようだ」 翌朝、ティドゥアはクティスに向かって笑いかけた。 「罠によって戦力にならなくなった者200人余、ホーズ軍は前後に分断され、現在、点呼と隊伍の建て直しをはかっている」 「少し早いが、ホーズ攻略にかかってもいいかもしれないですね」 クティスは笑った。 「邑内で負傷者の治療が行われた後だと、また彼方の戦力が増えますし」 「何より、別働隊がしびれを切らしている頃だろうしな」 ティドゥアは即刻伝令を飛ばす。 「さて……、こちらはもう一度罠をしかけるか」 「かかってきますかね?」 クティスは首を傾げた。 「かかってこなくてもいい。もう一日、引きつけておければいい」 「そうですね。ホーズが陥ちるまで……」 「ようやく我らの力を示すときが来た!」 クネセト兵吏長の銅鑼声が響きわたる。 「あ、馬鹿が何か言ってる」 ティエラはぼそっと呟いてそっぽを向いた。クネセト兵吏長には聞こえていないが、ティエラの部下たちにはつつぬけである。アシュヴィンをはじめとする側近たちはこらえきれずくすくすと笑いだしたが、ティエラの一瞥をくらって沈黙した。 「力を示すだの何だのは考えなくてよろしい」 ティエラは全く反対のことを言う。 「ただ、民間人には被害を与えないこと。略奪は厳禁。あとは無理も禁物だ。 「涼解!」 ティエラの率いる軍は200人ばかり、決して数として多いとはいえない。だが、ティエラのもとによく統率されているという点においては、他邑の軍に冠絶していた。 ヤジィ邑兵長の命は単純である。「戦ってこーい!」ただそれだけだ。 パーレビの邑兵長はティエラの軍の後についてきている。他邑の戦い方を見て、。最も効果的なものを真似しようという考えらしい。 ジャエタ邑宰は自軍──といっても50人ばかりの部下に守られ、最後尾をついて申し訳程度に戦っている。 ホーズ突入から一刻半あまり。たったそれだけで、ホーズはレディア別働隊の手に落ちた。 ホーズ邑宰邸に真っ先に踏み込んだのは、ティエラの隊であった。ホーズ残留部隊1000のうち半分、500ばかりが詰めていたのだが、ティエラ率いる精鋭たちにあっという間に薙ぎ倒され、全員が捕虜となった。 「さて、残りはお前さんだけだが」 ティエラとアシュヴィンに左右から剣を突きつけられたホーズ邑宰は目を白黒させた。 「な、何ということだ。我が軍5000は……全滅したというのか?」 「今頃はレディアの本隊と戦っているだろうな。だがホーズ邑宰、お前の負けだよ。軍がもし残っていたって、お前はこうして虜囚になってるわけだからな」 アシュヴィンは懐から縄を取り出した。ホーズ邑宰は慌てた。 「わ、わしはどうすればいいんだ。レディアの王制を認めれば、命は助けてくれるのか? あ、ああ、それとも、お前さんたちはレディア邑の人間ではないのだろう? このホーズの兵吏長の位をくれてやる。それとも邑宰丞がいいか? 金銀財宝でもいいぞ……」 「何を言ってるんだろうね、こいつは」 ティエラは冷たく言った。 「アシュヴィン、こいつを椅子に縛りつけてやってくれ。ああ、右手だけは自由にしといてもらおう。文書を書いてもらわなきゃいけないからね。口は特に厳重に縛ってくれ」 「分かりました」 アシュヴィンは嬉々として縄をかけた。ホーズ邑宰はなすすべもなくおろおろしている。 「わ、わしはこれから一体どう……うぐっ」 「うるさいじじいだな。少なくとも死ぬことはないぜ。安心しな。……ティエラ様、これでいいですか?」 「ありがとう、アシュヴィン。さーて、じいさん、私の言うとおり書簡に書いて貰うよ……」 「ってことは、戦わないんですか?」 ディールはクティスをまじまじと見返した。 「せっかくここまで来たのに。戦うために来たんですよ!」 「まあまあ、落ちつけ」 クティスはディールの肩を掴んで座らせた。 「いいか、戦争とは、勝つべくして勝つものだ」 「何ですか、それ」 「『闘神経』第一巻序章、巻頭言だろうが。お前もアシュラの神官である以上、読んでないとは言わせないぞ」 「そういう意味じゃなくて、どうしてその言葉をここで言うのか、って訊いてるんです」 「だからな、戦わずして勝つのが最上の戦争だ、ってことだよ」 「納得できません! だったら、何でアシュラの神官は必ず剣を修めるんですか?」 「そりゃ、剣が必要な場面で勝てるように、だろう。使わずに勝てるなら、使わない方がいいに決まってる」 「そんな……。それは、クティス司祭が強いから言える台詞ですよ。……剣で勝てないと、それ以外のものでだって勝てない、それが現実ってもんじゃないですか」 「そうかな」 クティスはディールの横に座った。 「いいことを教えてやろうか。俺に勝とうと思ったら、剣を修める必要はないんだ」 「えっ?」 「俺を倒そうと思ったら、水べりに連れていけばいい。川でも、沼でも、湖でも、海でもいい。底の深い水たまりを俺に見せれば、それだけで勝てるさ。たぶん、あっという間に目がくらんで、その場に昏倒しちまうだろうな」 「……」 「水恐怖症、とでもいうのかな。どうも、だめなんだ。父によると、どうやら幼い頃に何度も溺死しかけたらしい。そのせいかな、想像しただけで、頭が痛くなる……」 クティスは額をぬぐった。もう空の月も終わりに近いというのに、大粒の汗が浮いている。 「だから、戦場で俺が活躍したとして、それをこころよく思わない奴らが本気で俺を倒そうとしたら、一番手っ取り早い方法は、俺に水の幻影を見せることだな。いかに剣の腕を鍛えても、アシュラの術法を学んでも、これだけはどうにもならなかった。……ディール、俺の言っていることがわかるか」 ディールは頷いた。クティスは続けた。 「俺は、剣刃を撃ち交わして命のやりとりをするのを怖いと思ったことはない。戦うことは好きだ。だが、水だけは怖い……水のことをほのめかして脅迫されたら、何を擲っても屈服してしまうかもしれない……」 そこで言葉を切り、自嘲の笑いを浮かべる。 「どうも、しゃべりすぎたようだな。要するに、俺が言いたかったのは、誰にだってそういう弱点はある、ということなんだ。軍の場合、指揮官と本拠地、それに糧食。この3つは必ず弱点になるな。戦争とは軍と軍とが争うことだから、この3つの弱点のどれかを突けば、兵をぶつけあう必要はなくなるわけだ」 「今回は、すでに邑宰とホーズ邑そのものを押さえた……だから、戦う必要はない、ということですか?」 「そうだ」 クティスは穏やかな笑みを浮かべた。 「物わかりが良くて助かるな。他の者たちもこうだといいんだが……」 ややふらつきながら立ち上がる。 「大丈夫ですか?」 「ああ。戦の最中に倒れてるわけにはいかないだろ。……それに、ニンラー・イーナがディールよりも物わかりがいいとは思えないしな」 「?」 「自分が負けたって事を理解できないだろう、ということだよ」 「じゃあ、戦えるんですか?」 「実は、その可能性はかなり高い」 クティスは鎧の紐を締めなおし、剣帯を少しゆるめた。 「いつ戦いになってもいいように、準備しておいたほうがいいぞ」 「だったら、何で私にわざわざあんな話を?」 「……気まぐれだよ」 クティスは振り返って笑うと、伝令を呼び集めた。 『ニンラー・イーナよ。私はすでに虜囚となった。この上に戦う理由はない。武器を捨て、レディア軍に投降してくれ。みすみす兵たちを死地に追い込むのは忍びない』──だと、あの老いぼれ邑宰めが!」 イーナは悪態をついた。 「私はまだ戦っていない。従ってまだ負けてはいない。あの邑宰め、自分が負けたから私も負けたと思いこんでいるのだな。五日中にレディアを破ったら報奨金を出すとかぬかしおって、まだ三日目ではないか。投降する必要を認めない。私は戦う!」 「し、しかし、もしこの戦いに勝ったとしても帰るところはないのですよ?」 中には物のわかっている部下もいて、こう言ってとめようとしたが、イーナの一睨みであえなくそれも挫かれた。 かくして決戦は行われた。レディア軍中軍4000対ホーズ軍3500弱。ただしこの数字には辛うじて戦える程度の負傷の者も含まれているし、ホーズ軍の士気は極めて低い。戦う前から勝敗は決まっていた。 「いいか、抵抗しない者とは戦ってはならん」 ティドゥアもクティスも、この命を徹底させており、また合戦中も大声でこれをふれ回らせたので、ほとんど戦いらしい戦いはなかった。ただ敵将イーナの弓によって多くのレディア兵が傷ついたが、結局ティドゥアの一矢がイーナの右腕を貫き、イーナは虜囚となった。 こうしてレディア対ホーズの戦は終結した。ツァン族居住地域内での邑間戦争としては独立以来始めてのものとなったこの戦は、後世、「十一邑の戦い」と称されることとなる。 戦いの勝者であるレディアは、ただちに全ツァン族の邑にむけて、レディア王の傘下に入るよう使者を送った。 同じく独立暦400年空の月、ウィルドでクーデターが発生したが、遠いレディアの地には、その余波はまだ届いてこない。 そして、南の地に氷雪の季節がやってきた…… |
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