会誌-「サークル水月会誌 第4回」
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■ リアクション4−5 (独立暦400年地の月) 軍師グード・ライザーは、占領したリューナの戦後処理の事務を無事済ませ、イリス王や軍幹部、兵たち、リューナの邑民が集まっている会場へ向かった。 彼は多くの者が集まっている会場にて、連合邑の事の他に重大な発言をしようとしていた。それは策略でもなければ、自らの野望のためになしたことでもない。かつて法神官丞の位にいたこともある彼だからこそ、規律を保つために発言しようとしていたのである。 「我々イリスは、リューナの民の メール族を一つにまとめることが出来る人物はほかでもない、ここにおわすイリス王より他に存在し得ない。これからはイリス同様、イリス王がリューナを守り、ますます栄えさせてゆく。いや、各地に点在するメール族の邑々は、いずれイリス王の下に参集し、リューナと同じく、ますます繁く、その恩恵を享受していくことであろう。 さて、今ここにメール連合邑の樹立を宣言する。連合邑主としてはイリス王国国王ファエーイ・ウルゴス殿が立たれることとなる。本日これより各メール族の邑々には、連合邑への参集の可否を問う使者を派遣する。返答次第では、メール族の統一の為に“実力”をお見せしなければならないであろうな。まぁこれ以上、イリス王国の力を増大させたくないと思う邑ならば、自ずと判断出来る筈だ。 メール連合邑に参集した邑宰には、メールにて開催する「連合邑会議」での発言権、拒否権、交渉権が与えられる。これが意味することは、食糧難に陥ったとき、災害に見舞われたとき、反乱が起きたとき、メール族以外からの圧力があった場合等において、連合邑総出で対処できることを意味する。つまり、今まで自邑のみで対処せねばならなかったことが、連合邑に参集しさえすれば、参集した邑全ての援助を期待できるのである。勿論、連合邑会議にて発言・提案し、各邑宰の過半数の賛成と連合邑主の賛成が必要であることはいうまでもないが。 ああ、一つ忘れていた。リューナはイリス王国の勢力に入ることになる。リューナは一つの邑ではなく、繁栄と安全を約束するイリス王国の一部であるということは忘れないでもらいたい。 最後に、我々イリス王国は野盗などの法を守らぬ者たちとは違う。又、公正な法の裁き、能力に見合った仕事と評価を与えることを約束する。 リューナの民や邑の名を地に貶めた“リューナ司祭”を見事討ち取ったイリス神兵「リー」に対し、軍師グード・ライザーの名において、馬上兵団千騎の団長に任ずる。その為、団長職として釣り合いが保てる「神兵尉丞」に昇進する事になる。又、ルドルフ神兵尉は、軍規に照らし、先日の行為が正当ではないと判断し、団長職を解く。 そして……ルドルフ神兵尉を管轄する者も責任をとる必要がある。決して“特別”などというものは王国に存在してはならない。私、グード・ライザーは軍師の職を返上し、イリスの私邸にて謹慎する。法が定めた期日の謹慎後、軍師としてではなく、イリス王国の法神官丞として出仕する事になるであろう。この人事は明日を以て発動する」 「何だか大変なことになったわね」 会場から引き揚げる道で、募兵尉イェング・ガヌースはルドルフに向けて囁きかけた。 うむ、とルドルフは短く頷いたのみだ。一応馬上兵団の団長位を解かれたというのは処分にあたるのだろう。もっともそれは神兵尉の位のおまけのようなもので、実際にはルドルフ自身は全く害を受けないのだが、精神的に反省しろということだろう。とルドルフは考えていた。 ガヌースの考えていたのはルドルフのことではない。軍師のことである。 「自ら降格を申し出るなんて……これから、我々にどうしろというのかしら。しかも、復帰するのが兵吏でなく法吏だなんて」 「あの男が嫌いなのではなかったのか」 ルドルフは低い声で呟く。ガヌースは大きく頷いた。 「そりゃ、嫌いよ。あんな才を持ちながら、放擲してまた一介の官吏に戻ろうっていうのよ! まったく、無責任にもほどがあるわ。せめて、私と片尉を兵神官長と兵神官丞にしてくれれば、これからだって何とかしていけるのにね。そう思わない?」 「片尉、主客が転倒しているぞ」 ルドルフはまた低く言った。軍師の降格の原因は一応、俺だ。俺が降格されることはあっても、その逆はない。……軍師の基準に照らせば、だが。 「でも、本当にどういうつもりなのかしらね。リューナ占領の功はすべて軍師によるもの……少なくとも、他邑はそう考えているわ。その軍師が謹慎なんてしたら、この隙をねらって叛旗をひるがえす邑の10や20は出そうじゃない。それがわからない軍師でもないでしょうに」 ……いや。 ガヌースは、心の中ですぐその考えを反駁した。 ひょっとしたら、それが狙いなのかも知れない。隙と見せかけて他邑を煽り、それを叩き潰す。そうすれば、今後イリスが本当に危うくなっても、他邑にはその虚実がわからなくなる。そのための、布石であるのかもしれない。 「それで勝てれば、だけどね……」 呟くガヌースを、ルドルフは怪訝そうに見つめる。ガヌースは相棒の瞳を見据えた。 「治にあって乱を忘れず、って言葉を知っている?」 ルドルフはしずかに頷いた。 「私たちが、ただの軍師の手足じゃないってこと、見せてやらなきゃね」 「言われなくとも、そのつもりだ」 「おい、軍師。あれは、どういうつもりだ」 夜半を過ぎるか過ぎないかになってようやく現れたライザーに、ウルゴスは怒声をぶつけた。ライザーの方はまったく平静である。 「先程は失礼致しました。イリス王へは何も伝えておりませんでしたから、驚かれたかと思いますが、軍師という地位にしがみつく程、私は卑しくはありません。これもイリス王国には良い機会だと思います。私が居なくなって対処できる王国でなくてはいけません。私もいつかは死にますれば、あまり信用され過ぎては苦労が絶えぬというもの」 ぬけぬけと言う。ウルゴスは毒気を抜かれたという体である。 「それに近頃では、軍師は王の座を簒奪しようと企む輩、イリスの悪い面を率いる悪魔、と囁かれておりますから……ここは身を退くべき“時”なのかもしれませぬ。イリス王においては、私めの様な者を信用し、登用して戴いた事には心から感謝しております。フフフ、いやに尊大でない態度、だとでも思われましたかな。 コホン、これは真面目に、私の野望の一つでもあった『世に名を知らしめる』ことを実現させて戴いたのは、イリス王、貴方のお陰ですぞ。感謝せずにはいられませぬ。 その感謝のしるしに、軍師として最後になると思われる献策を致します」 「おい、俺はまだお前を解雇してはいないぞ」 とウルゴスは口を挟むが、ライザーは耳も貸さない。 「メール連合邑の枠組みについては私の考えで押し進めましたが、これからはイリス王が進める必要があります。民や兵を思いやり、立派な内容にしなくてはならないでしょう。 次に、連合邑の参集の賛否についての対処ですが、現在、各『間』を使い、地形や情勢、司祭の性格、邑力等々を調べさせておりますれば、その情報を元に戦略・政略を打ち立てて下さい。必ず、イリスに勝利をもたらすことになるでしょう。 その手始めに、カジに侵攻しましょう。カジの司祭は強硬派で通っており、司祭の率いる神兵は強豪ぞろいとの事。そのカジを攻略出来れば、メール族領土の中央をイリス王国の領邑が占めることになり、各邑のメール連合邑への参集が早まりましょう。かの地はここリューナからも近く、攻略するときは今。イリスに一度戻り、カジへ新たに侵攻するとなると、食糧、兵の士気、軍関係の経費が戦略に関係し、先のラクーラでの戦いでの“リューナ”の二の舞になります。リューナ司祭を暗殺という手段で殺害したのは失敗しましたが、当人を昇進させ、イリス王国の建前は述べました。世間の目を暗殺から他に移す必要があり、カジに侵攻すれば世情の流れは戦争という血塗られた行為に目が行きます。侵攻しましょう。 これが私の献策です。イリス王の補佐的立場を途中で放棄する様な事になりますが、これも法。一法神官丞が守らぬ法を誰が守りましょうか。心苦しいながら、これにて失礼致します。明朝、イリスに向かいます。謹慎しなくてはなりませぬからな。 今日はあの笑いは控えましょう、フフフフフ……」 「おいちょっとまて、軍師! おーい! ──と、行ってしまったか……」 ウルゴスは閉まった扉を睨んでため息をついた。 「せめて、酒の一杯飲む間ぐらい待てんのか!」 明朝、ライザーは、仕えていた部下が同行を求めるも“軍師にあらず”と一言述べて、イリス王への忠誠を誓わせた後、リューナに残して去った。彼に同行する者は二人の従者だけ。しかし、イリスへの道にある邑の民の話では、“大軍を指揮しただけの威厳を保ちながらイリスに向かった”と。 “ライザー謹慎す”の報が各邑に伝わった。喜ぶ者、平和の道が遠のいたと悲観する者、野に放っておくのは勿体ないと思う者、今のうちに殺害しようと考える者、様々な者達がいる。時は流れる、そう流れるのだ……。 突然トップを失った特設・軍師控所は、かなりの動揺を呈していたが、軍師の参謀の一人であったある青年は、先日までライザーの使っていた椅子の上に、愛用していた鞄があるのを発見した。開いてみると、中には「イリス王へ」と宛名の書かれた書簡が数巻、きちんと封をして収められていた。その青年はイリス王に急報し、すぐにウルゴスはかけつけた。 封を開く。そこに、決して流麗とはいえないが彼流に整った細かい字でびっしりと刻み込まれていたのは、国政に関する献策であった。イリス川の潅漑をすべきだという献策、リューナ邑宰は現地の人材を登用すべきであるという献策、城邑としてのイリスの拡大工事を行うべきだという献策、等々。 「あの男、全部いっぺんに言ったら俺が混乱すると思ったんだな」 読み終わるなりウルゴスは呟いた。そしてしばらく考えていたが、やがて眉を開き、軍師控所の構成員を集められるだけ集めた上で宣言した。 「……軍師控所に勤めていた者に命ずる。軍師が居なくなった以上、軍師控所の置かれる意味もない。今日を以てこの機関は解散・消滅するものとし、構成員はこれより、このイリス王直属の特務組織、王国修領所に転属してもらう。意義のある者はいるか」 いきなりのことであるから、みな声もない。 「その第一の任務は、この書簡にある軍師の遺策を実行することだ。皆、心してかかってくれ」 「さて、と。君らに集まってもらったのは他でもない」 ウルゴスは兵吏の士官たちを見回した。 「軍師の遺した策で、カジに攻めよ、というものがあった。そこで、詳細を決定しようと思ったのだが……」 「無茶です」 募兵尉は即座に言った。 「なぜだ?」 「軍師の欠けた今の我が軍は、他邑からは隙だらけと見られています。イリス──リューナ間の邑のうち、特にローグル・クエス・ファン・サウス・スタン・イレムの6邑は攻略する時間もなく、ほとんど打ち捨ててまいりました。この機に蠢動を開始するのは必至です。敵にうしろを見せてはなりません」 「なるほど、一理あるな」 「しかし、カジを攻める最高の機会であることは間違いありません」 と言ったのはファエーイ・クルトラス、邑宰家の一族の末端に連なる少年で、神兵尉丞のひとりである。まだ身体は未熟だが、頭脳の明晰であることは幼時より認められ、早くから兵吏に入っていた。 「じゃあ、兵を二手に分けようか」 「論外です」 ガヌースはまた言った。 「リューナの防備はどうするのですか?」 「リューナの兵を編入すればよいでしょう」 と言ったのは、新リューナ司祭=邑宰となったスェハータ・イーテナスという男であった。リューナ司祭の腹心としてイリス王を貶める策略を巡らせるのに尽力したが、別にイリス王本人に恨みがあったわけではなく、純粋に策略を楽しんでいただけなので、その点、軍師グード・ライザーに似ているかもしれない。仕える主君もいなくなったので、イリス王に乗り換えることにしたのである。自ら「忠誠心は紙より薄い」と称してはばからない。 「リューナ兵の多くは仕方なく戦った者たちです。イリスに対する怨恨はないばかりか、メール族最強のイリス軍に入って戦えることに、さぞ喜ぶことでしょう。全軍で8000ばかりおりますから、ご自由にお使い下さい」 おいおい、こんないい加減な男を信用していいのか? とクルトラスなどは思ったものだが、ウルゴスは全く気にしていないようだ。 「そうか、じゃあ軍を二つに分けよう。ガヌースはイリス募兵隊全兵を率いて中小邑の警戒をおこなってくれ。その他の者はカジ攻めだ。各自、存分に戦ってくれ。……むろん、俺も行く」 「なに、イリス軍が攻めてきたって?」 カジ司祭は躍り上がらんばかりの語調で訊ねた。 「兵力は?」 「およそ1万5000といったところです」 「相手にとって不足なし! 我が軍の稼働戦力はどうなっている」 「6000か7000……かき集めれば8000はいくかと」 「よし、相手の半数は超えているな。それだけいれば十分だ。すぐ、出陣の用意をせよ。軍議を開くから、兵吏の奴らは議場に集めておけ」 「了解しました」 「イリスといえば、現在軍師がいないと聞きますが」 「それでわがカジに攻めてこようとは。ナメた真似してくれるじゃないの」 「我が軍8000、総員気は満ち気は十分に養われ、秋は豊作にして精はよくいきわたっています。敵は幾万ありとても、決して遅れはとりませぬ」 「兵糧も馬も兵具もすべてベストコンディション! 全兵車出撃可能です!」 「イリス撃つべし!」 「イリス撃つべし!!」 軍議、終了。 かくしてイリス軍とカジ軍は、カジ郊外にて対峙した。戦場はなだらかな丘陵上の地で、どうやらカジ軍の陣地は高く、イリス軍の方が低くなっている。 「地の利はあちらにありますね」 「さすがに、楽に勝たせてはくれないようだな」 ウルゴスは丘陵を見上げた。 「まあいい。それなら策を立てるまでだ」 その日は何事もなく暮れ、翌朝ちょうど食事の終わった頃に鬨の声が聞こえた。悠々と炊飯の片づけをし、隊列を整えた頃にカジ軍が降りてくる。 「やあ、我こそはカジ司祭スラート・ラテナスだ。といってもついこの間会ったばかりだな、イリス司祭」 大音声をあげ、手の大刀を振り回す。ウルゴスも負けじと大声を出した。 「カジ司祭、久しいと言うには日が近すぎますな。この度は私の手合わせに付き合ってくださるようで、まったく重畳です。では、参りましょうか」 同じく大刀を振り上げると、イリス軍の全軍がいっせいに得物を構えた。みごとな統制ぶりである。カジ司祭はにやりと笑い、隣に控える兵から旗を取り上げて振った。 それが開戦の合図だった。わずかな傾斜ではあったがそれを利用したカジ軍は、怒涛のように攻め下ってくる。その第一撃をかわせば、しかしイリス軍も全く同じ条件を手に入れることができるのだ。それに。 「割っ!」 ルドルフの大声が響くと同時にイリス軍は二つに割れた。勢いのついたカジ軍はそのまま下ってくる。それを、向き直ったイリス軍は右から左から、包み込むようにして殲滅していく。 策も何もない。兵力が敵の倍あれば二つに分かれて敵を双方向から包囲する、兵法の基本に従ったまでのことである。カジ軍もよく戦っている。次第に撃ち減らされながら、円陣を組んで守りの態勢に入っている。敵より兵数が少なければ守る──こちらも兵法の常道である。 「イリス司祭!」 さすがに不利を悟って、カジ司祭は叫んだ。 「私と一対一で勝負せよ!」 円陣の上方の端で、大刀を振り回している。そのさらに上で戦況を眺めていたウルゴスは、その声を聞きつけて下りてきた。 「私と勝負しろ。お前が私に勝ったらカジは渡す。お前とてこれ以上の殺生は望みではあるまい」 「望むところだ!」 危険です、と止める間もない。止める者もいなかった。軍師はいない、ガヌースも別の戦いをおこなっている。ここにいるのは、イリス王とともに熱くなる生粋の戦士だけだ。 「わが刀を受けよ!」 ウルゴスが渾身の力を込めて放った一撃目はわずかにはずれた。その隙をついて貫こうとしたカジ司祭の大刀は、ウルゴスの鎧に当たり、するどい金属音を響かせる。 「くっ……なかなかやるな、カジ司祭。しかしこれならどうだ!」 泳ぎかける柄を引き戻して放つ二撃目はカジ司祭の肩当てを切り裂いた。 そんな具合で決定力に欠けたまま、10合ほど撃ちあった。全軍が固唾を呑んで見守る中、カジ司祭の大刀が鮮血を宙に引いた。 「うわあっ」 カジの全軍が喚声をあげようとしたとき、カジ司祭が馬から落下した。ウルゴスの大刀の柄の先が、鮮やかにカジ司祭の鳩尾を突いたのである。ぐうっ、と呻き、カジ司祭はかろうじて受け身を取って転がった。その首に、ウルゴスの大刀が突きつけられる。 「どうやら、俺の勝ちだな」 言うウルゴスの左の上腕も鮮血に染まり、息が乱れている。 「もう少しのところだったがな……」 カジ司祭は悔しげに言ったが、悪あがきはしなかった。 「約定を違えはしない。勝ったのはお前だ。カジはお前の好きにするがいい」 鳩尾を押さえたまま、突きつけられた大刀の切っ先と、その向こうの黒曜石の瞳を見つめる。 「──いい太刀筋だったよ。お前には邪心がない……カジも、悪くはなるまい」 「何を言っている」 ウルゴスは笑い、自分の大刀を地に突き立てると自らカジ司祭に肩を貸す。カジ司祭は驚いたようにウルゴスを見上げた。 「カジが俺に治められるわけがないだろう。カジはお前の邑だ。俺が望むのは、イリスの一部として、カジが繁栄していくことだ。その為にふさわしい人材は、お前以外に誰がいる?」 明褐色の肌に丹朱の髪、黒曜石の瞳。典型的なメール族の容貌をしたこの青年は、自らの傷の痛みに脂汗を浮かべながら、それでも懸命に敵を説得しようと、心からの笑みを浮かべている。その姿に、カジ司祭は心を打たれた。男が男に惚れるとはこういうのを言うのだろう。 「イリス……国王」 肩をほどき、地に伏す。 「カジ司祭スラート・ラテナス、 その後、ガヌースからの間により、イリス──リューナ間の残党は征討したとの連絡が入った。 |
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